「なぁ、翔」
「どうした?」
本を閉じる。俺を呼んでくれた。全神経が千真に集まる。
「キスしてくれないか」
純粋に驚く。千真から誘ってくれるなんて、夢の中でも見なかった。罠かな。嬉しく口を合わせながら思う。血の味がした。傷が出来たか? 舌でゆっくり傷口を探してみる。長くも短くもない時間が過ぎて、千真から離れる。
「舌噛んだの? 痛いでしょう。」
腕を切る。何て幸せな日なんだろう。
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「千真! 千真!! 言えよ、言ってよ!! どうしたんだ、何か知ってんだろ!」
翔は泣きそうになった。最近自分を抑制出来なくなった気分だ。痩せた千真を眺める目に水が溜まる。深呼吸をして千真の首から手を退かす。
「何で飲めなくなったんだよ…」
豪華なベットは血塗れだった。千真の血なのか自分の血なのか区別がつかない。
2日前から、千真が血を飲めなくなった。ただの我儘だと思い無理矢理血を流し入れたら、全部吐いてしまった。顔色が悪過ぎた。ふと不安に似た恐怖に襲われる。吸血鬼の回復力や身体の丈夫さは人間を遥かに超えている。だとしても昨日まで大丈夫だった血を飲めなくなるなんて、
「は、はは…」
千真が笑い始める。翔は生まれて初めて千真を睨んだ。こんなことにならないように本も熱心になって読んでいた。書庫をもっと探してみよう。部屋を去ろうとする翔の後ろで千真がかれた声を出した。
「じゃあまみろってんだ…」
千真のこと心配してるのに。口元を歪ませた翔は千真の肩の釘を握り上げたが、予想出来なかった痛みで放してしまう。倒れた千真が小さく呻いた。
「あっ、ご、めん、」
ね… 開いた手のひらは火傷を負ったようだった。見慣れた傷。吸血鬼は銀に触れたら火傷のような傷が出来る。一連の出来事を全て理解する。翔は真剣な顔で独り言を呟いては、千真と顔を合わせた。
「そんなに俺と居たかった?」
嬉しそうに目を細める。荒っぽく千真の髪を握り締めては、まだ生えきれてない犬歯で項を千切る。高鳴りを抑えられない。これが愛される気分なんだな。昔はもっと、暖かかった気もするけど。気絶した千真の傍で血を吐きながら笑った。
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血の調達は案外難しくなかった。てっきりこれからは人を害しなければならないと思ったが、血を売ってくれる人が結構いたのだ。まさか千真と同じ物を同じ時間に食べられる日が来るとは。愛でる目で千真を眺める。貴方と一緒なら永遠も怖くない。犬歯の鋭い吸血鬼は瓶に込められている血を飲んだ。