夕ご飯の後はいつもテレビを見てた。格好いいヒーローが悪党を倒してくれる、ありふれたと言ったらそうだとしか言えない内容。「今の見た?!」と興奮しても、答えてくれる人はいない。そんな場所だった。
肌が痛いほどの勢いで降ってくる雨の中、立ち尽くして泣いていた。“ここで動くな”そう言われたから、探しに行くこともできない。見知らぬ街で独り、心細さはもう慣れたつもりだったが涙が零れてしまった。自分の体温さえ感じられ なくなった頃、買い物の帰り道の鈴木さんとひなた姉さんが俺を見つけてくれた。漢字を読めなかった俺は、すぐ後ろの「保育園」と書かれた看板に気付けなかったのだ。ここから離れてはいけないと拒む俺にひなた姉さんは眉間にしわを寄せて、「誰がそう言った?」と聞いた。なんと答えたかはっきりしてないけど、「親」じゃなかった。親とは到底呼べない間柄だった。鈴木さんに洗われながら色々聞かれたが、何も答えなかった。誰も知らなくていい。誰の記憶にも残らないで欲しかった。名前だって名字がないと答えて、俺は鈴木翔になった。そんな子供を信じてくれた鈴木さんは本当、優しい人だった。そこから俺の幼年期は始まる。
小学一年生の頃、子猫一匹を助けた。野良猫っていうにはあまりにも綺麗で、車を怖がらない猫だった。助けたっつったのも、車に引かれそうなところを俺が車道に飛び出して間一髪の差で車が止まったからだ。鈴木さんにめちゃくちゃ叱られたことを覚えている。その子猫の飼い主が、俺の両親になってくださっのはそれから数か月後の話。
両親の家が保育園から随分と遠かったから、転校は当たり前のことだった。その学校で幼馴染の千真と出会った。名前も覚えてないクラスメイトが千真と何か話し合うと思いきや、いきなり殴ったのだ。小学三年生がやんちゃ盛りな年頃なのは認めるが、人を虐めることは許されない。後で友達に聞くともっと前から虐められていたようで、俺が守るべきだと思った。昔からそんな性格だった。この子の傍にいよう。俺は鈍感だから目に見えないことは気付けないんだ。
そんな気分で友達になったのに、まさかその顔がその時に思い浮かぶとは。千真と一緒にいたら安らぎのような何かを感じられた。だからと言って、いきなり抱き締めて泣くとか、あり得ない。あってはならないことだ。でも千真は俺を受け入れくれた。役立たずで泣き虫の俺を。それが俺にとってどんな意味だったのか、どれだけの意味だったのか知ってるだろうか。多分その日から俺は、
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「はぁあ…」
謝れ、と断言したひなた姉さんの冷たい表情を思い浮かび、千真のクラスの扉を前にする。足はばんばん運んで来たのに、手が戸惑ってしまう。何でこんなことになったんだろ。少し疲れた気がした。理想のための行動を、一番親しい友達に否定された。でも今回は認めるしかない。千真を殴ったのは俺の気分、その以上でも以下でもなかった。頭では分かっている。自分の体をどう扱うかは個人の選択で、家族も恋人でもないたかが友達が口を出す話ではないのだろう。包帯を巻いた右手を眺める。千真を殴った理由、伝わったらいいな。気持ち悪いって思われるだろ。明かす勇気もないのに呆然とそう思う。一旦、謝ろう。そこからまた築き上げたらいいんだ。同じ感情を巡り巡って、このままの関係を終着点にしたら成功なんだ。
一層しょげて扉を開く。