ぱたん、ともう慣れてしまった大声がする。ひなたは飽きれた表情で書類から目を上げた。侵入者は何の迷いもなくひなたの藍色ベットに倒れる。
「おい。」
微動もしない矢後に、ひなたは軽くため息をついた。
「お前今日も屋上とかで転がってたんだろ。人のベットに汚れた服で上がるんじゃねーよ。」
「うるせぇ。」
ぐるっと身を回して睨み付ける目とは別個に、矢後は敢えてベットの片隅を空いておく。その意味があまりにも分かりやすくて、ひなたは笑うしかなかった。
「何笑ってんだよ。」
「この書類、今日までだから今はだめだ。先に寝てろ。」
「言われなくてもそうするつもりだっつの。」
はいはい、そうですか。ひなたは楽しそうにペンを回した。
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ひなたの部屋は施設の2階の一番隅っこにある。大きい窓から日のよく差す明るい部屋だ。矢後が傷の手当てに初めてここに来た時も、廊下の明かりよりずっと眩しい日差しに思わず眉をひそめてたことがある。
「ほら、最後のやつ。ほんと痛いって一言も言わないね。」
「だからそういう体質つったろ。」
矢後はひなたの右腕の代わりに包帯固定用のテープを切って渡した。何度か背中をぎゅうぎゅう押すのが感じられる。
「次からちゃんと病院に行けよ。片手で包帯巻くのってどれだけの苦労なのか分かるかい?」
「知らねーな。」
眠み。汚いって服を奪われた矢後は治療道具を片付けるひなたを見つめた。
変なやつだ。最初はローテーション式で指揮官がつくのかと思ったが、鈴木ひなたが指揮を執って以来ずっとこいつの声ばかり聞いているのをみるとそうでもないようだ。神ヶ原に聞くと、
「いや…ただ指揮官さんがそうしたいって上部に上げたんだ。」
5枚の理由書と一緒にね。少し困りそうに笑う神ヶ原を見て、矢後は首を曲げてた。ご指名ってやつか。
ひなたは服を貸してくれるとかいって隣の部屋に入ってしまった。それにしても、ここって日差しが良過ぎる。疲れたし暖かいし、ベットに横たわると、心地よい匂いがした。
「おーい。服探して…」
少し大きめのTシャツを手にしてひなたは声を下げた。しばらくそのまま立って、考える。今近づいたら、間違いなくあれだった。本で読んだことのある、あれ。映画で見たことのある、あれ。ひなたは感じたことのない感情に戸惑った。しかし、すぐ心を決める。その決断力こそ、ひなたが指揮官育成過程を首席に卒業した理由だった。
ベット近付いて、ぐっすり寝ている矢後を見下ろした。そうしては、机の前に座る。いやー、あまりにも案の定だった。
ひなたは左手で顔を覆った。
ALIVEって、社内恋愛可能だっけ。
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結論から言うと、ひなたと矢後は付き合っている。自覚したから、告白した。矢後もまぁ、もらってくれたし。
ひなたはなんとか終えた書類をクリップで留めた。矢後に来られると、仕事に集中できなくなる。だからといってやらない訳にはいかなかった。もしこのまま仕事を怠ってしまうと、こんな時間が減ってしまう。極端にいえば、ひなたは居場所を失うかも知らない。背伸びをして、ベットにどかっと座った。
寝てんのかな。矢後の頬を押してみる。うん、寝てんな。ひなたは満足げに微笑む。こいつが、風雲児学校のトップが、触れても覚めないほど深く寝ている。自分の部屋で。自分の前で。ひなたも縛っていた髪をほどいて横になる。
やっぱりイケメンだなー。何だかうざくなって矢後の懐に入り込む。寝ている人の、普段よりちょっとだけ高くなった体温が伝わった。片手でぎゅっと抱きしめると、起きたのか矢後も抱いてくる。矢後には、日光によく乾いた猫の匂いがする。それがいつもひなたを気持ちよくする。
頭上で暖かい息吹が戦いだ。降り注ぐ日差しが暖かい午後だった。