鍵で部屋に入った矢後はベットに横たわった。埃だらけの廃墟で暴れたら余計に体力を使った感じだった。柔らかい布団でひなたの匂いがする。最初は香水でもつけてんのかと思ったがそうでもないらしい。人工的な匂いは機嫌が悪くなるだけだから。そういえばあいついねぇな。オレンジ色の窓んところの椅子が空いていた。ぼっとしてると、あのつまんない行事に残っている姿を思い浮かばせることができた。ほかん奴らと居りゃまぁいっか。バンダナを下ろす。
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「…い…おい、矢後。」
「…んだよ。」
せっかく気持ちよく寝てんのに。片目だけ開けるとひなたが見下ろしている。
「夕ご飯食べに行こう。」
「気分じゃねぇ。」
また目を瞑ってしまう矢後にひなたは心配そうに眉間にしわをよせる。
「やはり今日ちょっと無理したんじゃないか? 久森に病院は寄ったって聞いたけど… もっと綺麗な場所でやれよ。」
「んなことよりギャギャうるさい連中どもが… …とにかくウザかった。バレンタインとか何だろうが知らねぇけど。」
「でもファンも出来たしよかったじゃん。」
ほら。腹の上に何かがポイッと投げられる。無視して寝ようとしたが、ひなたがまた声を掛ける。さっきより少し遠くなって、随分とご機嫌な声だ。
「起きて確かめてみろよ。」
舌打ちをしながらベットに座ると、ひなたは執務用デスクの側で背を向けていた。紙が互いをかすり合いながら音を立て、書類の片付けをしていると知らせる。少しその姿を眺めては布団の上に視線を運ぶ。
青いリボンが綺麗に結ばれた箱だった。内容物を推理もせずリボンを解く。干された果物がはめ込まれているチョコレートだった。二列に並んでいるチョコレートの横には、銀色の指輪とチェーンがある。いつの間にか横に来たひなたが自分の首に掛けている指輪を見せる。
「腕なんかあっという間に無くなるからさ。」
ひなたが言うと冗談にならない内容だったが、矢後は気に入ったように口元を上げる。
「やってやろうか?」
「おうよ。」
矢後が再びチョコレートに目を移すと、ひなたは指輪をチェーンにとおして矢後の後ろに跪いた。項に金属の冷たさが伝わってくる。
「できた。」
ベージュ系の髪を軽く撫でたひなたは矢後の手を引っ張る。
「夕ご飯。」
「はぁ…」
その気になれば簡単に振り払える手を、矢後は素直に受け入れる。立ち上がった矢後の表情が拗ねた子供のようでひなたは笑ってしまった。
「ちゃんと食べて元気出せよ。今日バレンタインだし、可愛い下着着たから。」
矢後がその言葉を理解するのにどれだけかかるかを考えながら、ひなたは楽しく足を運んだ。